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焚き火 diary

火と向かい合う。自分が見えてくる。

生け花

なんかいまいちな写真なんですけど、今日参加してきた假屋崎省吾さんの講演会で活けられたお花たち。

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手前が馬酔木をメインに、菊とカスミソウ。

奥がオンシジウムに黄色のスプレー菊。モンステラとニューサイランの葉物の組み合わせ。

 

どのアレンジも、ずっとマイク越しにあれこれしゃべりながらどんどん活けていくわけなんですが。 私がたま~に気が向いてお花を活けたりする時は、一度挿しては引っこ抜いてみたり、あちこちから眺めてみたり、さんざんいじくりまわして、最後なんとなーく無難に完成するんですが、假屋崎さんには躊躇がない。 どの一投も一発で決めるんです。 しかも最後、前から見たり、横から見たりとか一切せずに「はい、完成~」って。。。 私が勝手に想像するに、この人の頭の中では、お花を一本挿すごとに一投ごとの画像のレイヤーが足されていくというか、立体で花の向きやバランスを把握できるんでしょうね。 一流の生け花をライブで見れたことが、今日はとてもうれしかったです。

 

それからもう一つ感じたことがありました。

それは、命と向き合う時は、真摯であるべきだということ。

花も一瞬一瞬命を燃やしているわけです。 ちょっと大げさかもしれませんが、それを人間の意志で無理やり茎を曲げたり花を切ったりする時、その瞬間こちらも命を込めて真剣勝負。 勝負の連続。 だから、華なんでしょうね。

 

講演中、盛んにご自身が監修された「よく切れる花バサミ」の宣伝をなさっていましたが、これも、花たちに負担を極力かけないための、人間側ができる一つの手段であり、假屋崎さんの優しさの表れなんだろうなと思いました。

 

私には、假屋崎さんのように優雅で豪華絢爛な生け花は到底できませんが、せめて今度、自宅で一輪挿しをする時、よく切れるカッターですっと茎を切ってあげたい。 そして、毎日水を替えて、最後まできちんと面倒をみてあげたい。

そう思いました。